2009年11月11日水曜日

11月 秋になって

国交省は住民の疑問に答えきらないまま、10月25日(日)に玉川町会会館
にて工事説明会を行う旨案内を各戸に10月中旬配布した。
工事ありきの説明会ではなく、

①暫定堤防の設計根拠で納得のできるものとしての説明
②200年に一度の洪水対策の暫定堤防が引き起こす問題への納得できる
 回答
2-1)前部、後部を堤防に囲われるタライ状の地形となる当住宅地の雨水
    排水問題
2-2)視界を遮る2.7mの高さの堤防による、河川側治安、不安の防止・
   抑制策の提示対岸の川崎側は既に同様の地形となっているが、騒音、
   爆竹、花火、バーベキュー、青テント (ホームレスの住まい)、夜間に
   おける治安不安(覗き、暴力行為、強盗、シンナー遊び等々)に対する
   対策が提示されていない。現状は開けた視界であることから未然に
   住民の目により抑止効果が出ている。
2-3)自然環境、江戸時代から戦前を経ての河川敷の松林、桜、等の
   植生物の存在が犯された。

といった問題を無視しての説明会となり、当会はこの説明会は認められない
との理由を明記した文書を 国土交通省京浜河川事務所長、東京都下水道局
南部下水道 事務所長、世田谷区玉川総合支所長に 配達証明郵便で送付した。

2009年4月21日火曜日

多摩川の4月(2009年)

新年度が始まった4月になって工事用の囲いが外れ、広大な河川敷が目の前に現れた。雑草の1本も発生していない無味乾燥な平坦な空間が現れた。

なぜか河川敷の地盤面が従来より上がっている。また川幅は狭くなった。
違和感を感じる。

野川からの合流の流れはどこに行ったのか?田園都市線の鉄橋下で本流に合流したのだろうか。
工事中立ち入り禁止であったところで、泥の飛散防止用の薬剤散布があったので暫し立ち入りを控えていた。散歩に入った犬を連れた人たちは犬の足裏がべたつくようだと話しをしていた。2週間経つと雑草が数本出てきた。たくましいものだ。


2009年4月19日 18時撮影

 同上


2009年4月26日 7時50分

川側にロープが張られた。立入り禁止と書いてある。
今まで(昨年10月の工事着工前)河川敷に自由に出入りできたのがなぜロープでしきるのだろう。
でも人は中に入って行く。おりからの強風で文字ボードも行方不明となり河原のゴミと化したか。



2009年4月26日16時32分撮影











同上







同上

同上

多摩川の北側は二子玉川東地区の再開発による超高層(150mが2棟、もう1棟はやや低いらしい)

3棟が半分くらいできてきた。空がだんだん狭くなり場所によってはすぐ近くに高層ビルが見える景色となってきた。明治時代は河川敷の場所、超高層が大地震でもし倒れたらと思うと近くの人は心配している。そういえば四谷でクレーン車も倒れたのはつい最近。

2009年4月16日木曜日

「I love 多摩川」を始めるにあたって

多摩川。東京の南西端を東京湾 羽田沖へ神奈川県との県境を形成する都市河川。

人口密集地に接しながらも自然豊かな豊饒な地を抱えこむ川。

その川の接する世田谷区、高津区付近を中心に近況・過去・未来予測を伝えます。



2008年10月31日13時撮影

  9月から国土交通省による玉川南地区暫定堤防工事が始まりました。



2008年11月9日7時撮影


2008年11月16日9時撮影


2008年11月21日8時分撮影



同上


2008年11月23日9時撮影

多摩堤通り側の既存堤防際の桜は東地区再開発の影響で道路が真横に迫っています。来年も咲くことを祈りました。

同上
 
第3京浜手前側の河川敷グランドが作業所群となります。


同上

旧堤防の天端(テンバ)からこの作業所群と下流方向を見ます。

同上

多摩川沿いの区道の最東端です。車が入れないような杭がありますがいつも外されていて歩行者にとって危険なまま放置されています。何のための杭でしょうか?
同上

以前の水位計の置かれていた付近です。水位計のあった場所が従来の多摩川の流れの端。今後はこのように川崎側に20m以上遠くなります。川幅がこんなに狭くなる工事は誰が見ても不自然でしょう。

同上


2008年11月23日10時撮影

二子玉川駅上流側、兵庫島(写真右側手前)への橋から、流れは野川の合流点。


2008年11月28日8時


2009年1月31日8時

雨の中での工事風景 仮設橋の付け根部分の土留めが壊れました。


2009年1月31日10時撮影


2009年2月1日9時撮影

同上


2009年3月4日7時撮影

同上